ライトノベルの大化の改新ネタ : 石川博品『クズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門』、野﨑まど『ファンタジスタドール イヴ』
思いつきメモ。
“大化の改新 645年中大兄皇子が中臣鎌足らの協力をえて蘇我氏を打倒して開始した政治改革。孝徳天皇のもとで中大兄が皇太子として実権をにぎり、大化の年号の制定、難波宮への遷都、646年の改新の詔の発布を行った。皇族・豪族による土地・人民の私有と氏姓制度による官職の世襲を打破して、唐の律令制度を模範とする公地公民の中央集権国家をめざした。”
(日本史用語研究会『四訂 必携日本史用語』実況出版,2009年,29頁)
2ちゃんねるやTwitterで『走れメロス』や『山月記』がしばしばコピペ的にパロディになるように、ライトノベルにおいても、学校の授業に出てくる内容というのはネタにされやすい。
だいたいどの教科書にも載っていて、かつ学校の試験によく出るたぐいの知識というのは多くのひとの(とくにその主要読者である中高生の)共通の了解が得られやすいからだ。
たとえば日本史を習えば必ず出てくる歴史上の事件――「大化の改新」もそういった“よく使われる”ネタ元のひとつであるだろう(そういう話の流れなら冒頭で引用するのは山川出版の『日本史B用語集』のほうが適切なのでは? というツッコミは横においておく。手元になかったのだ。許せ)。
『バカとテストと召喚獣』の第1巻に大化の改新の年号暗記ネタが出てきたり、田中啓文に『UMAハンター馬子』という伝奇作品があったりと、探せば他にもいろいろあると思う。
さて、そこで標記の件である。
石川博品『クズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門』(ファミ通文庫,エンターブレイン,2011年)。
野﨑まど『ファンタジスタドール イヴ』(ハヤカワ文庫JA,早川書房,2013年)。
ライトノベルSFであるという点を除いてストーリー的にはほぼ接点のない上記二つの作品であるが、どちらの作品も登場人物(や学校等)の名前の元ネタを大化の改新の関係人物や地名から採っている。
クズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門 (ファミ通文庫)
- 作者: 石川博品,一真
- 出版社/メーカー: エンターブレイン
- 発売日: 2011/11/30
- メディア: 文庫
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では、上に挙げた両作品の作中では実際にどの人物が何を元ネタにしているのか?
簡単な紹介とともに列記して比べてみたいと思う。
■石川博品『クズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門』
1.中野太一(なかのたいち) 主人公。“東京飛鳥学園高校二年生。いわゆる「冴えないボク」”。作中では「キング・オブ・クズ」と称されている(がいうほどクズでもない)。名前の元ネタは中大兄皇子と皇太子。
2.カマタリ・ナカトミーノ・ディ・ムラージ 通称カマタリさん。太一に曽我野三姉妹を攻略させるため、2655年の日本から現代にやって来た。イタリア系日本人。17歳。アヒル口。名前の元ネタは中臣鎌足と連。
3.曽我野笑詩(そがのえみし) いわく、“曽我野三姉妹の次女。東京飛鳥学園高校No.1美少女(ドリームガール)”。名前の元ネタは蘇我蝦夷。
4.曽我野入香(そがのいるか) いわく、“曽我野三姉妹の三女。東京飛鳥学園中学二年生”。名前の元ネタは蘇我入鹿。
5.曽我野由真子(そがのゆまこ) いわく、“曽我野三姉妹長女。甘檮学院大学二年生”。名前の元ネタは蘇我馬子。
6.山背(やましろ) 太一のクラスメイトの男子生徒。カマタリさんが現代に居続けるために時空のはざまに放り込まれたうえ自身に関する記録や記憶を上書きされた。名前の元ネタは山背大兄王。
7.三輪(みわ) 太一のクラスメイトの男子生徒。名前の元ネタは豪族の三輪氏か?
8.物部(もののべ)さん 太一の家のお隣さん。カマタリさんが現代での仮の住まいを得るために急な転勤を余儀なくされ引っ越していった。名前の元ネタは蘇我氏に滅ぼされた豪族・物部氏。
9.中野大海(なかのひろみ) 太一の弟。東京飛鳥学園中学二年生。名前の元ネタは中大兄皇子の実弟・大海人皇子。
※東京飛鳥学園 太一たちの通う学校。高校と附属中学がある。学校名の元ネタは飛鳥時代もしくは飛鳥浄御原宮か。
※甘檮(あまかし)学院大学 曽我野由真子が通う大学。女子大。学校名の元ネタは蘇我氏の邸宅があった甘檮岡(あまかしがおか)。
※東方(あずまの)大学 甘檮学院大学との単位互換制度を実施している大学。学校名の元ネタは蘇我氏の護衛職であった東方儐従者(あずまのしとりべ)か?
※UNEBIグループ 作中の未来世界においてアジア最大の財閥。UNEBIグループの総帥が曽我野由真子の夫となる。名前の元ネタは大和三山の一で蘇我一族の本拠地であった畝傍山か?
ほかに、曽我野入香のクラスメイトとして登場する、宮津千尋(みやつちひろ。通称ロビコ。太一いわく“烈海王みたいな三つ編みの子”)、山野辺珠美(やまのべたまみ。通称ムーピー。太一いわく“おむすびみたいな子”)の2人については元ネタがすぐに思い当たらなかった(山野辺珠美の名字は山辺の道からだろうか?)。
蛇足だが、『クズがみるみるそれなりになる~』では、主人公・中野太一(≒中大兄皇子)に対して元ネタの史実からすると重要に思えるポジションの弟・大海(≒大海人皇子)がいる。彼は物語の本筋にはまったく絡んでこないが、作者のTwitterによると一応続編の構想があったらしく、ヒロインと弟が入れ替わるストーリーになる予定だったらしい*1。
■野﨑まど『ファンタジスタドール イヴ』
1.大兄太子(おおえたいし) 主人公。大学で理論物理の研究をしていたがやがて川越研究所へ移りファンタジスタドールのデバイスとカードの開発者となる。名前の元ネタは中大兄皇子と皇太子。
2.入鹿(いるか) 大兄が小学校六年生の頃に出会ったクラスメイトの少女。名前の元ネタは蘇我入鹿。
3.笠野志太郎(かさのしたろう) 大兄と大学の学部時代の研究室での同期の学生。名前の元ネタは吉備笠垂(きびのかさのしだる)か?。
4.中砥生美(なかとうみ) 大兄の研究室の後輩の女性。名前の元ネタは中臣氏。
5.遠智要(おちいらず) 大兄の研究上の盟友であり複雑系等の情報の分野を専門とする。アメリカからの帰国子女。名前の元ネタは遠智娘(おちのいらつめ)。
記事を書きながら気づいたが、『ファンタジスタドール イヴ』の登場人物の紹介はニコニコ大百科の記事が詳しい。
アニメ『ファンタジスタドール』には日本古代史関連のネタがちらほら見られるようだが、大兄太子(≒中大兄皇子)と遠智要(≒遠智娘)の後継が鵜野うずめとささら(≒鸕野讚良(うののささら))であったという設定がどのあたりの段階で織り込まれたものなのかというのは気になるところ。
それで、これら2つの作品の登場人物の元ネタを比べて何が分かるのかというとまず気づくのが以下2つの共通点だ。
・両作品とも、主人公の名前のファミリーネームを「中大兄皇子」、ファーストネームをその地位であった「皇太子」から採っている(「中野太一」と「大兄太子」)。
・両作品とも、ヒロイン――メインの女性キャラのひとりであり主人公と親しい間柄になりながらも最終的に恋愛関係になることはない――の名前を「中臣鎌足」から採っている(「カマタリ・ナカトミーノ・ディ・ムラージ」と「中砥生美」)。
大化の改新がモチーフとなっている以上、とくに乙巳の変を起こした主要人物である中大兄皇子と中臣鎌足が主役のポジションにいることは当然といえば当然なのだが主人公の名前の付け方まで似通っている点は面白いかもしれない。
では、ここから導き出される結論として何があるかというとここまでだらだらと書いておいてなんだがあえて言うべきようなことはあまりない。
『クズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門』はリアルギャルゲー系時間SFラブコメ。『ファンタジスタドール イヴ』はアニメの公式スピンオフとして書かれた『人間失格』テイストの中編SF。
一部設定に同じネタ元があるというだけで本来全く関係のない作品だからである。そりゃそうだ。
設定の元にとなったネタを知らなくとも十分面白いし、また中高生でも元ネタを探りやすいという点で両者ともひじょうに優れた作品であろうと思う。
オチはない。