読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

猫は太陽の夢を見るか:番外地

それと同じこと、誰かがTwitterで言ってるの見たよ

最近観た映画 : 『マジカル・ガール』

 

『マジカル・ガール』

Magical Girl

5月8日に観た。

この映画の印象を一言で言い表せば、不穏。それに尽きるだろう。

Googleの画像検索で「magical girl 」と入力すると、検索結果には『魔法少女まどか☆マギカ』とか『美少女戦士セーラームーン』とか『アイドル魔法少女ちるちる みちる』とか『魔法 中年 おじまじょ5』とかが上位に出てきて、その結果はどの言語環境設定においてもたいして変わらないのだが、こうして見ると少なくともネット上ではmagical girl=魔法少女のイメージは日本のポップカルチャーのそれと直結しているらしいということが感じ取れる。

そういった日本的なポップでカワイイ「魔法少女」イメージとはおよそかけ離れたところにあるのが映画『マジカル・ガール』である。

 

ここで最近のスペイン映画作品と比べながら感想を書いたりするとカッコイイのだろうが、あいにくそちらの知識は持ち合わせていない。なので、自分にとって身近な日本のアニメとの関連で書いてみる。

 

カルロス・ベルムト監督は、『マジカル・ガール』における日本の作品からの影響について、『魔法少女まどか☆マギカ』のダークな部分にも影響を受けているとインタビューで述べている*1

まどマギ』の作中では、キュウべえが「魔法少女」の設定について「この国では、成長途中の女性のことを、少女って呼ぶんだろう?」「だったら、やがて魔女になる君たちのことは、魔法少女と呼ぶべきだよね」と言及する台詞があった(アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』第8話「あたしって、ほんとバカ」より)

『マジカル・ガール』では、白血病の少女アリシアは、魔法少女のようにいろんな姿に変身したい、魔法少女ユキコのコスチュームが欲しい、そして13歳になりたいという願いを持っている。しかし余命幾許もない彼女にとってそれらはどれも難しい願いである。

アリシアの父親ルイスは娘の願いをなるべく叶えてやりたいが、多額の資金を工面出来ずに苦悩し、結果偶然出会ったバルバラを脅迫する。

現在は精神科医の夫に養われているバルバラは、ルイスから大金を要求されると裏社会とのつながりを利用した自己犠牲によってそれを解決しようとする。

映画の冒頭では少女時代のバルバラがマジック(手品)で教師を挑発するシーンが映し出される。元教師ダミアンはバルバラとの関係から刑務所で10年間の服役をしており、そして出所した今も彼女のことを恐れているが、彼らの間に過去いったい何があったのか映画の中で具体的に明かされることはない。

キュウべえの台詞と照らし合わせるならば、「魔法少女」に当たるのはアリシア、「魔女」に当たるのはバルバラと言えるだろうか?

 

 「魔法少女」は己の願いを自らの力では叶えることは出来ない。願いを叶えた「魔女」は結果的に破滅をもたらす。

「だったら、やがて魔女になる君たちのことは、魔法少女と呼ぶべきだよね」

やがて魔女になる。この言葉がこんなにも不穏に響く作品もなかなかないだろうと思う。

 

型にはまらない物語は奇をてらったふうにも受け取れるが、海外で日本文化がこのようなかたちで受容されているというだけでも興味深い。

それら奇抜な要素を抜きにしても、ワンシーンワンシーンの緻密に計算された画面の美しさは視覚的に十分な満足感を与えてくれる。