猫は太陽の夢を見るか:番外地

それと同じこと、誰かがTwitterで言ってるの見たよ

「あやかし」系タイトルの変遷と展開 : あやかしものかくあれかし?

 

あやかしそはなにものぞ 

 

「妖」と書いて「あやかし」と読む。

そして「あやかし」とは、「妖怪」と限りなく近い概念でありながら、単純にイコールで結ばれる存在ではないらしい。

しかもその使用されるフィールドはかなり限定されているという。

じゃあその「あやかし」ってなんなの?

あの海の妖怪とは違うの?

 

とかなんとか今回はそういう話です。

 

「あやかし」と読まれる/呼ばれるものが、最近一部で急速にジャンルを形成しつつある――というのは、特にマンガや小説の分野に関してしばしばいわれるところですけれども(どこでいわれているのだろうというと筆者の脳内の一角だったりするのですが)、でもだからといって怪異妖怪全般を指して「あやかし」と呼ぶことは、別に昨今の流行に限ったものというわけではなくてですね、というあたりのことはついつい問題がごっちゃになりがちなので留意しておきたいというか自戒したい――、と、そんな感じの問題意識を持っているのですよということを提示して、話を進めさせていただきたいと思います。

 

 

参考:

togetter.com

 

上のTogetterまとめの話がTwitter上であったのは今年2017年の夏のことですけれども、そもそものこの話題の発端として、横浜市歴史博物館の今夏の企画展「丹波コレクションの世界Ⅱ 歴史×妖×芳年 “最後の浮世絵師”が描いた江戸文化」(7/29~8/27)において、展覧会タイトルの中で「妖」に「あやかし」とルビが振られていたということが注目されたということがおそらくあったと思うのですが、しかし「あやかし」という語を用いて妖怪全般を指している展覧会自体は過去にもいくつかあったのです。

 

ざっと拾うだけでも、以下のものが見つかります。

 

▼「あやかし」をタイトルに含む展覧会一覧

  • 新潟市美術館 森川ユキエ展 妖かしの無言劇場 1999/12/3-2000/1/16
  • 山梨県立図書館 資料展示「妖怪万華鏡-あやかしの世界をのぞいてみませんか-」 2003/8/13-11/3
  • 板橋区立美術館 江戸文化シリーズ19「妖と艶 -幕末の情念-」 2003/11/29-12/28
  • 町立湯河原美術館 妖たちの饗宴~魑魅魍魎の世界~ 田澤茂展 2005/7/21-9/19
  • 箕面市立郷土資料館 企画展示「「百器夜行」あやかしになった道具展」 2007/5/11-7/30
  • 太田記念美術館 AYAKASHI 江戸の怪し-浮世絵の妖怪・幽霊・妖術使たち- 2007/8/1-8/26
  • 福岡アジア美術館 7F企画ギャラリーA室 妖怪展「妖の園(あやかしのその)」 2010/4/29-5/5
  • 大阪市立博物館 コレクション展「怪(あやかし)~お化けの世界~」 2010/8/3-9/5
  • 桑名市博物館 絆と道の企画展「魂ゆらと妖かし」 2012/5/26-6/24
  • 成蹊大学図書館 企画展示『アヤカシノ世界』 2014/11/17-11/28
  • 千葉県立中央図書館 企画展示「妖怪発見伝~あやかしの世界へようこそ~」 2014/12/20-2015/2/15

※参考:"近年の妖怪系展覧会リスト(仮) - 猫は太陽の夢を見るか" http://d.hatena.ne.jp/morita11/20120919/1348065741

 

一覧を数えてみますと、「妖と書いてあやかしと読む語」を展覧会タイトルに冠している事例が過去すでに5例あったことが分かります。

ですからまあ、今夏の横浜市歴史博物館の用法がことさらに特異だとは言えない、と。

展覧会のタイトルに――それもどちらかと言えば趣味色の強い妖怪展のようなものに、あえて一般の人が読めない言葉を持ってくるというのも考えづらいですので、これはタイトルを設定した側が、これを見た大抵の人が「妖=あやかし」と読める、あるいはその解釈をすんなり受け入れられる、という考えを持っていたからこそ、このようになっているのだろうと思われます。そして実際、それで問題はない。

 

ですが、上記のTogetterまとめでも言及されていますように、「妖」の字で「あやかし」の読み方は、少なくとも現行の辞書には載っていない。

 

たとえば、手元にある『広辞苑 第六版』を見てみますと、

あやかし ①海上にあらわれる妖怪。あやかり。海幽霊。敷幽霊。謡、船弁慶「このお舟には―が憑いて候」②転じて、怪しいもの。妖怪変化。武家義理物語「物の―かやうの事ぞと皆人にあんどさせて」③あほう。馬鹿者〈日葡〉④コバンザメの異称。この魚が船底に粘着すると船が動かなくなり害をするという。⑤(「怪士」と書く)能面。妖気を表した男面。「鵺 ぬえ」の前ジテ、「船弁慶」の後ジテなどに用いる。また三日月・鷹などの同系の面の総称。

とあります。

「怪士」と書く、とはあっても、「妖」の字を当てるとは説明されていません。

 

また読みの問題と同時に「あやかし」の持つ意味のことについても少し考えてみますと、過去の辞書的説明の一例として、1937年刊行の『浮世草子名作集』(藤井乙男 著, 評釋江戸文學叢書 第2巻, 大日本雄辨會講談社)の「傾城禁短気」の注釈には、

貧乏神のあやかし あやかしは船幽霊の類をいひ、轉じて一般に亡霊・妖怪をいふ。こゝは乏神の精霊といふ程の意。(猶あやかしは事物の明ならざることをもいひ、又『日葡辞書』には阿房と間抜ともある)

とあります(739頁)。

広辞苑と『浮世草子名作集』の説明は、ほぼ変わっていないように見えます。

 

まあでもこれだけですと、「あやかし」という言葉が具体的にどういう使われ方をされてきたのか、いまひとつ分かりにくいかもしれません。

ちょっと手っ取り早く共通理解を得るために、過去の文学作品を参照してみたいと思います。

ここでは手近に「青空文庫」を検索して出てきた結果をいくつか引いてみます。

 

青空文庫に見る「あやかし」の用例(抄出)

 

それでも暗い空はいよいよ落ちかかって来て、なにかの怪異(あやかし)がこの屋形の棟の上に襲って来るかとも怪しまれた。

 

岡本綺堂 玉藻の前” http://www.aozora.gr.jp/cards/000082/files/480_39601.html

 

しかも眼に恨を宿し、何者をか呪ふがごとき、怨靈怪異(あやかし)なんどのたぐひ……。

 

岡本綺堂 修禅寺物語http://www.aozora.gr.jp/cards/000082/files/1312_23045.html

 

こう云いながら葉之助は、気の毒そうに苦笑したが、「ははあこれも妖怪(あやかし)の業だな。さてどこから手を付けたものか?」

 

国枝史郎 八ヶ嶽の魔神” http://www.aozora.gr.jp/cards/000255/files/3041_32480.html

 

「あまり姫君がお美しいので妖怪(あやかし)が付いたのでござろうよ」

 

国枝史郎 善悪両面鼠小僧” http://www.aozora.gr.jp/cards/000255/files/43771_19490.html

  

行きね妖怪(あやかし)、なれが身も人間道に異ならず、

 

上田敏 上田敏海潮音http://www.aozora.gr.jp/cards/000235/files/2259_34474.html

  

余吾之介はその魍魎(あやかし)をかきのけるように、思わず二三歩引き退きました。

 

野村胡堂 十字架観音” http://www.aozora.gr.jp/cards/001670/files/56105_56984.html

 

何やら魍魎(あやかし)が、自分の喉首を狙つて居るのを、夢心地に氣が付いたのです。

 

"野村胡堂 錢形平次捕物控 幻の民五郎” http://www.aozora.gr.jp/cards/001670/files/54628_53179.html

 

途端に、のしお頭巾の女の魔魅(あやかし)、すばやく姿を消している。

 

吉川英治 鳴門秘帖 上方の巻” http://www.aozora.gr.jp/cards/001562/files/52403_50139.html

 

新九郎は魔魅(あやかし)の声でも聞くように、宙に眼を吊らしてしまった。

 

吉川英治 剣難女難” http://www.aozora.gr.jp/cards/001562/files/56151_60109.html

 

雪のせ笹の金紋が、薄暗いその部屋の隅に、妖魅(あやかし)めいた光を放って――。

 

吉川英治 鳴門秘帖 船路の巻” http://www.aozora.gr.jp/cards/001562/files/52406_50143.html

 

そん時だ、われの、顔は真蒼だ、そういう汝の面は黄色いぜ、と苫の間で、てんでんがいったあ。――あやかし火が通ったよ。

 

"泉鏡花 海異記" http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/1178_23555.html

 

珍しい事も、不思議な事もないけれど、その時のは、はい、嘉吉に取っては、あやかしが着きましたじゃ。

 

"泉鏡花 草迷宮" http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/3586_12103.html

 

実は、此は心すべき事だつた。……船につくあやかしは、魔の影も、鬼火も、燃ゆる燐も、可恐き星の光も、皆、ものの尖端へ来て掛るのが例だと言ふから。

 

"泉鏡花 光籃" http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/48404_35157.html

 

…元年申の七月八日、材木を積済まして、立火の小泊から帆を開いて、順風に沖へ走り出した時、一人、櫓から倒に落ちて死んだのがあつたんです、此があやかしの憑いたはじめなのよ。

 

"泉鏡花 印度更紗" http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/48387_35154.html

 

 

どうでしょうか。

残念ながら、「妖」と書いて「あやかし」と読ませている例は見られませんでしたが、それでもルビの振り方としてはけっこう自由に行われている感じがあります。

ここだけ見ても、やはり鏡花はかなり好んでこの言葉を使っている印象がありますね。

 

※※ 追記 2017/11/12 ※※ ↓ ↓ ↓

 

この記事の主目的はあくまで小説の書籍タイトルの変遷を見ることにあったということもあり、作品本文での用例についてはあまり細かく調べてはいなかったのですが、その後、「妖と書いてあやかしと読む」例をいくつか見つけましたので、以下に追記いたします。

 

地下の大盲谷、暗黒の二万マイル。その存在は非常に古いころから、想像されもし書かれてもいるが、もしこれが余人の口からでたのだったら、即座に一蹴されたにちがいない。いまは、セルカークも妖(あや)かしに会ったような顔。

 

小栗虫太郎 人外魔境 地軸二万哩” http://www.aozora.gr.jp/cards/000125/files/4317_9673.html

 

あの眼の深い悩み、――声の柔かい魅惑、何も彼もが、一つの妖かしとなって、半十郎の魂を手繰り寄せるのでしょう。赤痣を拭き取った繁代の素顔が、今ではもう、「井上流砲術秘巻」より十倍も大きな魅力となって、グイグイと引寄せます。

 

野村胡堂 江戸の火術” http://www.aozora.gr.jp/cards/001670/files/56091_57064.html

 

たぶん、探すともっとあると思います。

 

※※ 追記ココマデ ※※ ↑ ↑ ↑

 

 

しかし、過去の文学作品の分析はこの記事の目的ではないのです。

ここまではあくまで前提、前置きです。

 

 

ジャンルとしての「あやかし」

 

――で、そういう前提の部分をお話ししたところで冒頭に戻るのですが、上の展覧会の話とはまた別に、ここ数年のフィクションの領域、こと「ライト文芸」「キャラノベ」等の名前で呼称される小説レーベルの作品の中で、いわゆる「あやかし」を題材とした作品がジャンル化しつつある、でもこういうジャンル認識っていつごろから定着しだしたのかイマイチはっきりしないよね、という話があります。

たとえば、富士見L文庫では作品ラインナップのジャンルに「ファンタジー」「ミステリー」「青春/恋愛/お仕事」と並べて「オカルト/あやかし」を掲げています。明確なマーケティングとして「あやかし」をジャンルに持ってきているわけです。

 

そういったライト文芸の作品群の中では、「あやかし」とは いわば妖怪のことをいうのですが、それはしっかりとキャラクター化された存在として登場する傾向があるように思います。人間の登場人物たちと同等に会話し、生活し、ときに厄介な事件に巻き込まれる――おおよそそういった描かれ方をされているイメージがあります。

 

でも、いざ作品の中で「あやかし」という語がどのように使われているかというのは、作品によってバラつきがあり、「妖怪」や「幽霊」「怪異」「怪談」等の言葉と比べると客観的な了解があるようにも思われない。だけど、ジャンルとして見ると意味はなんとなく通じる――それってなんでなのか。

 

また「あやかしもの」ジャンルの形成自体が現在進行中の事象ということもあり、結論がこうだと言い切ってしまうには、まだ時期尚早という感じもします。

 

「あやかしもの」なるジャンルはいったいどういった具合に成り立っているのか。

 

調べる方法としてはそれこそ、ひとつひとつの作品を悉皆的に読み込んでいけばまた見えてくるものもあるのかもしれないのですが、個人でジャンルを網羅し分析するにはなかなか力が及ばない。

 

そこで、インターネット検索で出てくる範囲の情報をいまいちど整理してみようというのが、今回の記事になります。

 

ようやく本題に入れました。

 

以下は、タイトルに「あやかし」を含む小説の一覧です。

一覧の作成には国立国会図書館サーチを使用しました。

並びは年順。

タイトルの列記と分析が目的になりますので、シリーズものは省略して載せています。

 

▼タイトルに「あやかし」を含む小説一覧

 

以上、162タイトルです。

勢いで書いていますので、多少のぶれや雑さはあると思いますが、まあおおよその数の確認ということでご容赦を。

こうして列記してみますと、かつては時代小説と女性向けライトノベル、児童書が地道に名前を連ねていたのが、2010年代後半に入って一挙にライト文芸がそのほとんどを占めるようになっているのが見て取れるかと思います。

 

また、ライト文芸ライトノベルを語るうえで無視できないのがマンガの影響です。

その是非云々については今回はとりあえずおいておきまして、「あやかし」をタイトルに含むコミックスの一覧も抽出してみました。

こちらも小説と同様に主に国立国会図書館サーチで検索をかけ、適宜情報を整理したものです。

小説ほどに数はありませんが、同じく年順に並べています。

 

 

▼タイトルに「あやかし」を含むマンガ一覧

 

以上、69タイトルになります。

あまり確かなことは言えませんが、少女マンガのタイトルにおいて好んで採用されている印象があります。

 

もちろん、上に挙げている作品は、あくまでタイトルに「あやかし」を含んでいるものであり、実際に「あやかしもの」とされる作品はもっともっとありますし、タイトルに「あやかし」の語を使用していても、内容がいわゆる「あやかしもの」には当てはまらない作品というのもまた上記のリストにはたくさん並んでいるかと思います。

 

ですが、今なんとなく成立している「あやかしもの」というジャンルを考えるうえで、そのジャンルが成立するまでに人々が「あやかし」という語にどのようなイメージを抱き、創作に適用してきたかということはささやかながら窺い知ることができるのではないかと思い、この記事を書いている次第です。

 

ジャンルが成立するにはその前史があるはずだと、そういう話だと解釈していただければと思います。

 

 

さて、先ごろ発売された『怪』vol.0051(2017)、特集「アニメと妖怪」の誌面において、「なぜ妖怪は小説、アニメでウケるのか――編集者覆面座談会」という座談会記事が掲載されていました。

その記事によれば、「妖怪」と区別される「妖かし」、キャラクター化された「妖かし」が人気を博すようになったのには、『しゃばけ』と『夏目友人帳』のヒットの影響が大きかっただろうと言及されています。

 

しゃばけ』の最初の単行本が発売されたのが2001年。

夏目友人帳』のコミックス第1巻が発売されたのが2005年。

 

そこにライト文芸が出てきたことで、一気にジャンルとしての「あやかしもの」が形成されていったと、そういった旨のことが誌面では語られています。

 

おおよそその通りなのだろうと思います。

 

また、そこに至るまでには、この記事で述べてきた展覧会や、鏡花を始めとした過去の文学作品や時代小説等が背景としてあったことでしょう。

 

そうしてこれまで妖怪ジャンルに携わってきた多くの読者や創作者の、こうあってほしい、こうなればいい、こんな感じがいいのじゃないかという積み重ねや切磋琢磨諸々があって、今の「あやかし」イメージも出来上がってきたのだろうと愚考します。

 

小説やマンガの話の他に、ゲームや舞台や音楽等の近接ジャンルの事情を加味していくことで、今後よりいっそう理解が進んでいくのではないか――と、そのようなことを期待しつつ、今回はここらで締めさせていただこうかと。

 

だいぶ長くなってしまったわりに大したことを言っていないようにも思いますが……。

 

それでは。

 

 

 

補足:

togetter.com